2008年04月18日
トスカーナ州の場所
こんなにイタリアが近いんですね。
ほんとにビックリでス。
イタリア半島の北部に位置し、シエナ、ピサ、フィレンツェなど魅力的な古都が数多く存在する。ユネスコ世界遺産の数も多い。農業が大変に盛んで、ワイン、オリーブ、小麦などを生産している。特にワインはキャンティやスーペル・トスカーナといった名品を生産する、世界屈指の名醸地である。
ティレニア海に面し、エルバ島などを擁する。
古代ローマの進出以前はエトルリア人が多く住む土地で、トスカーナという名前も「エトルリア人の土地」を意味する。ローマはエトルリア人を吸収し、トスカーナは本国の一部となった。
オドアケルが西ローマ帝国を滅亡させ、東ゴート王国、ロンゴバルド王国を経て、カール大帝に征服されると、後に神聖ローマ帝国となる彼の帝国の一部となり、トスカーナ辺境伯により統治された。
都市コムーネの時代になると、ピサ(1509年まで)や、シエナ(1555年まで)、フィレンツェが台頭し、最終的にはルッカを除くトスカーナの大部分はフィレンツェ共和国(後にトスカーナ大公国)に統治された。
ルネサンス期になると、ローマを中心とするローマ教皇領と並び中心地の一つとなった。長くメディチ家の支配下にあったが、1737年にジャン・ガストーネ・デ・メディチが世継ぎを残さずに死ぬとオーストリア帝国の属国となった。ナポレオンの時代には、1801年から1807年までエトルリア王国が成立するが、ナポレオンが敗退するとオーストリアの影響下に戻った。1860年にイタリア王国に合併されたが、その後もオーストリアは20世紀初頭までトスカーナの領有権を主張した。
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